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■第0回■名は何を表わす? 落語人名のふしぎな世界

 落語の楽しみ方の一つに、話の中で語られる昔のことばがあります。落語の世界には、いろんな形で豊かな言葉あそびの世界が広がっています。たとえば「ひとの名前」。
 人名ってのは本来、社会の中で人物を特定する単なる「記号」だったはずです。でも名前には「意味」もあります。落語『寿限無』で描かれるとおり、名前にはわが子を思う親の気持ちがこもっていますネ。
 個々人のこだわりといいながら、特定の名前に人気が集まったり、時代時代によって流行や変遷の名前があるというのも面白いものです。たとえば、今活躍の若者世代には「大輔」「愛」が大勢いますが、20年後にはまた違う名前がメジャーになっているのでしょう。
 西洋諸国などでは日本人ほど名前にこだわりがないのか、同じ名前の人が近くにたくさんいるし、数百年前から変わらない伝統的な名前の人も珍しくありません。
 一方、日本では古くから「名は体を表わす」、つまり名前がその人物の性質や人柄をあらわすという言い伝えもあります。また、これを逆さにとって、身体の特質や性格のほうから人に名前をつけたりすることもあります。あだ名ですね。たとえば落語で有名なのが、猫のように大人しい久六さんを主人公にした『猫久』。本名は「馬さん」だけど、身体が大きくてのそのそしてる乱暴者は『らくだ』というあだ名です。そのほか『三軒長屋』に出てくる伊勢屋勘右衛門を「伊勢勘さん」、建具屋の半七(半公)を略して「たてはん」など、長いフレーズを略したあだ名で呼ばれる人もいます。
 また、落語の世界では、作者や演者がしゃれやもじりで登場人物を命名していて、なかなか楽しいものです。たとえば『妾馬』に出てくる赤井御門守。これは、さる大名屋敷にあった「赤い御門」にちなみ、これに殿様の名前らしく「守」をつけて命名したものです。
 ひとの名前には一定のルールがあって、その範囲の中でしゃれやもじりを加えるからこそ面白いのです。いくらしゃれでも、名前らしくないと面白くありません。
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 落語を聴いてると、ときどきユニークな人物名が出てきますねえ。その人の特徴をうまく表わした名前からびっくりするような名前、意味のわからないヘンテコな名前もあります。そこにはきっと面白いヒミツが隠されているにちがいない…。そんな気持ちで、落語世界の「ひとの名前」についてなまかじりしてみました。
 なお、江戸時代、江戸と上方では社会のしくみにかなり違いがありました。そのため上方落語では、人物設定も名前とキャラづけも江戸と大きく異なるので、本稿では江戸落語を中心に調べます。上方は機会があればフォローします。
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テーマ : 落語・演芸
ジャンル : お笑い

■第1回■ むかしの名前の基本を押さておくと…

 落語でおなじみの登場人物といえば、熊五郎(熊さん)に八五郎(八つぁん)に甚兵衛。お店の小僧は定吉、飯炊きが権助。みんな苗字ではなく下の名前で呼ばれています。商家のあるじが伊勢屋さんで、お武家の家臣なら田中三太夫さん。……どれもわれわれの周りにはあまりいないような名前です。江戸時代には、今と異なる名前のルールがあるみたいですね。
 まずはそこから、調べてみました。

■いまと異なる名前の常識・暗黙のお約束

1)町人や農民には苗字(姓)がなかった
 広く周知の事実だと思いますが、いわゆる「士農工商」のうち、苗字(家の名前)+名(本人の名前)があったのは武士と一部の上層階級(名主や庄屋など)だけで、それ以外は「本人の名前」だけでした。
 落語の舞台は江戸の身分社会、名前にも身分があったようです。

2)名前と「身分や階層」の結びつきが今よりずっと強かった
 名前だけで階層がわかるほどではないけど、武士らしい名前、商人らしい名前、職人らしい名前という「常識」が通用していた。これが落語の登場人物の名付け方にも現れています。

3)人名の前に所番地や仕事をくっつけて区別していた
 苗字がないと同じ名前の人がたくさんになり、いろいろと不便だと思われそうですが、公式には、名前に現住所(町名・番地)や職業、勤務先をつけて呼んだようです。

※「苗字(名字)・姓・氏」には、本来それぞれ異なる意味があって、区別されていますが、複雑なので詳しくは省略し、本稿では「苗字」で統一します。区別が必要だと判断したときだけ、捕捉することにします。

■江戸の人名のフォーマット

 江戸時代の公文書などで見かける人名には、次のように共通の書式があります。
【職人】【小商人】なら
 
 江戸    浅草    三軒町  [家主]源兵衛店 大工職 八五郎
(都市名)(広域地名) (町名)    (住居名)  (職業) (人名)

 長屋に住む職人や小商人で、家持ちでない借家人は必ず誰かの「店子(たなこ)」ということで、住所のうしろに家主の名前が入ります。『大工調べ』『三方一両損』などのお白洲の場面で大岡越前守が、町人をこんな感じで呼んでいるので、聞き耳を立ててみてください。
 ※実は江戸の場合「家主」は、たいがい本当の地主でなく地主に雇われた管理人だけど、それはまた別の話。

【大店の伜】なら
 江戸  日本橋  田所町三丁目  日向屋  半兵衛  伜  時次郎
         (町名・丁目) (屋号) (親の名)(続柄)(人名)


 これは『明烏』で若旦那が茶屋のお内儀に名乗った台詞です。店舗を構える商家の主人は「屋号」が姓の代わりになり、日常的な通称としても使われていました。「三河屋さん」「相模屋さん」という感じです。

【百姓】であれば、
 
 上野国  佐位郡  国定村  小作人   長岡忠治
 (国名) (郡名) (村名)(身分・職業)(人名)


という感じ。国は現在の「県」に相当し、郡は「こおり」と読み、だいたい今の市・郡に相当しますね。

 さて、武家は苗字を名乗れるので、苗字+名が基本形ですが、エライ人ほど苗字に加えて「本姓(ほんせい)」だの「氏(うじ)」だのがくっつくし、「名」の部分もとても複雑なので、とりあえずキホンだけ(詳しくは→さむらいの巻で)。

【殿様(大名・旗本)】
 浅野     内匠頭     長矩
 (苗字)(通称:官位や職名)(諱)

【それ以外】
 大石    内蔵助   良雄
 (苗字) (通称)  (諱)


 武士には二つの「名」があって、場面に応じて使い分けます。諱は「いみな」と読んでこれが本来の名前(≒本名)なんです。
 なぜ本名が「いみな」(≒忌み名)と言われるのか。それが日本の人名の奥深いところですねえ。いろんな理由が指摘されていますが、ひとつには、歴史的に日本では名前を秘密にする(隠す)ことがよしとされたこと。そのため、公式にというか表向きには「通称」を使っていました。殿様の場合には与えられた「官位」あるいは「職名」が通称になります。(目上の)身内や親しい人は本名で呼んだようです。

 武家でなくても、江戸時代には名前に変わる「呼び名」がいろいろ用いられています(今でも「主任さん」「校長先生」「床屋さん」などというのと似ていますね)。呼び名についてもいずれ調べていきたいと思います。

 ……いやはや、今回は落語からだいぶ話がそれましたね。次回以降は、落語世界に戻って、登場する人物の名前をなまかじりしてみましょう。

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■第2回■ ながやの巻 (その1)

 落語のメインの舞台となるのが裏長屋。その住人といえば職人または担ぎ売りなどの小商人(こあきんど)や浪人、ちょっと高級なところにはご隠居さんや後家さんが住んでいます。
 この中で今回は、職人・小商人の名前に注目しましょう。
 町人である彼らが名乗るのは、「本人のなまえ」だけです。そう、熊さん八つぁんというお馴染みの落語登場人物の名前です。でも、改めてその意味を探ろうとすると、なかなか難しいのす。でも単に「登場人物を区別するための記号」とか「そこら辺にいそうな陳腐な名前」をつけたと決めつけるのでは、あまりにつまらない。
・言葉または漢字(文字)が何らかの意味を示す(はず)
・語感(音)から何らかのイメージが得られる
…っていうように、名前に込められた含意というか、イメージめいたことまで交えて、改めて長屋の人々の名前について考えてみました。


■おなじみ落語長屋のレギュラーたち

 落語のマクラには「八つぁん、熊さん、大家さん、人のいいのが甚兵衛、馬鹿で与太郎」というお決まりのフレーズが出てきます。そして、落語好きなら名前を聴けばこういう人だという予測がつくようになっています。
 長屋住人の大半はもちろん架空名です。人物の区別ができれば名前など何でもいいわけで、記号的というか世の中によくある名前がランダムに選ばれているようですネ。中には人物の特徴を示す意味が隠れているものもありそうです。

※名前の後ろの( )内は、名前が出てくる代表的な落語ネタです。もちろん演じる人によって異なる名前でやる場合もあります。

[八五郎・熊五郎]
 はっつぁん、くまさんと呼ばれる長屋住人の代表。江戸の職人に、いちばん多い名前かどうかはわかりませんが、どこにでもいそうなポピュラーな職人の名前であった、とはいえそうです。
 この2人が競演する『粗忽長屋』では、早とちりで喧嘩っ早いのが八五郎、ぼんやりして粗忽なのが熊五郎と描かれていますよね。『落語登場人物辞典』よると、一応「八五郎:おっちょこちょい」「熊五郎:乱暴者・親不孝者」と性格分けをされていますが、ふつうの落語の中では両者の区別はあるのかは疑問…。

[与太郎]

 役立たず、おろかな人の代表者。多くの長屋ばなしでは与太郎が「厄介者」扱いで小馬鹿にされながら、友人や大家さんの助けで生活する様子が描かれています。『大工調べ』では、のろまだけど腕はよく、しかも親孝行というよい面も描かれます。また『錦の袈裟』みたいに女房持ちの場合もありますよね。
 与太とは「虚言」という意味で、そこからの連想・類推で馬鹿な人を指すようになったようです。与太話だと「出鱈目、でまかせ」、与太者だと「ならず者、無法者」という感じになりますね。

[甚兵衛]
(熊の皮、鮑のし、火焔太鼓)
 しっかり者の女房の尻に敷かれるダメ亭主の代表。八五郎・熊五郎が「職人」なら、甚兵衛は「商人(担ぎ売り)」として登場することが多いようです。頭の働きも鈍く稼ぎも悪いけど、呑気な性格で、周囲の男にはなぜか好かれる好人物です。
 夏の湯上がりなどに着た袖無しの羽織を「甚兵衛(甚平)羽織」といいますが、あれは「陣羽織に似た下級武士用の羽織」という語源があるそうです(デジタル大辞泉より)。

[半七](蛙茶番、浮世床、汲みたて、酢豆腐、宮戸川)
 長屋で様子のいい男(≒イケメン)の代表がこの名前。たとえば『蛙茶番』『酢豆腐』では、町内でいちばんの色男を気どる勘違い男として登場します。
 また『宮戸川』では、まじめでうぶな若者として登場します。この落語に出てくるのは、人形浄瑠璃で遊女・刀屋手代の心中モノ『お花半七』と同じ男女の組み合わせなのですが、内容はぜんぜん違います。単なる借用でしょうか。きっと「長屋の勘違い男・半七」もここら辺の色男のイメージから名づけられたのでしょう。
   * * *
 余談ですが、落語人名には、芝居(浄瑠璃・歌舞伎)に出てくる名前から引用される例もけっこう多いんです。
 芝居に出てくる人物名を借用して「いい男」「別嬪」といったイメージを出そうとしたのでしょう。いい男・いい女のカップルが登場するはなしで有名なのは近松門左衛門の「心中物」で、『お花半七』も近松の脚色で歌舞伎になっています。【芝居人物名は、いずれ詳しく触れます】

[吉兵衛](大山詣り、元犬、持参金)  
 長屋いちばんの古株で、住人からの相談役、世話役になっている年寄り。横町のご隠居のように金持ちでも物知りでもないけど、面倒見がよくてみんなに頼られる人として登場します。演目によっては大家さんの名前として出てくる場合もあります。また、『元犬』では、若者に勤め口を世話する口入れ屋の旦那として登場します。

[松公] (金明竹、ろくろ首、道具屋、牛ほめ)
 「公」はハチ公と同じ使い方で「接尾辞」。本名は松吉とか松五郎というのでしょう。キャラとしては与太郎と同じようなケースが多く、まぬけな役回りで登場します。

[源さん/源兵衛](源さん:長屋の花見、寄り合い酒、黄金の大黒)(源兵衛:宿屋の仇討、臆病源兵衛、大工調べ)
 源さんは、長屋連中が総出演する「寄合ばなし」には、たいがい登場する職人の名前です。源兵衛は、『宿屋の仇討』では鬼瓦のような顔で女にもてない男、『明烏』ではウブな若旦那を吉原に誘う遊び人です。遊び好きのちょっとお調子者といったキャラづけのようです。『大工調べ』では政五郎とお白洲で対決する家主の名前です。

[金坊](真田小僧、初天神、雛鍔、堀の内)
 長屋夫婦の子どもはたいてい「金坊」です。金太郎か金之助か金吉かは不明。子どもなりの知恵で親父を言い負かしたり、銭を巻き上げる小憎らししい行動の中にも、父親から見た可愛らしさが表わされています。

■ちなみに、もうひと言…「べえ・へい(兵衛・平)」と、「すけ」
 「兵衛」というのは、もともと古代の律令制で天皇を警護する(あまり身分の高くない)軍事組織の兵士を指す用語です。個人名ではなく官職名(仕事上の名前、称号)なのですが、そのうち時代が下るにつれて武将らが(貫禄を付けるため?に)、自分勝手に通称として名乗りだしたのが、人名としての始まりのようです。
 そこからさらに庶民の名前にまで落ちて来たのが面白いですね。兵士という剛健で勇猛なイメージから、男児が強く育つように命名したのでしょう。現代の名前でもいっとき大流行した大輔などの「輔(助・介・亮…)」も、元々は官職の一つです。ちなみに、源兵衛には「源氏の兵衛」、吉兵衛には「橘氏の兵衛」(橘→吉)という含意があるのですが、江戸時代の時点でもうそんなルールは忘れ去られていたようですね。結局意味も考えずに、ステイタスのある名前を欲しがったというのが実態ではないでしょうか。
 いつのころからか「画数が多く複雑」「難しく読みにくい」という理由で、次第に画数の少ない「平」に書き換わった、という説があります。明治時代に、一般庶民が勝手に官職名を名乗ることが禁止された(取り締まりは徹底されなかったようですが)ために漢字を置き換えたのが始まり、とも言われています。

参考:井戸田博史『『家』に探る苗字と名前』雄山閣出版1984

プロフィール

writerb

Author:writerb
■「らくごなまかじり」シリーズを執筆中
らくごについてふと湧いた疑問を調べてコラムに書いています。内容は資料や書籍からの「うけうり」で「なまはんか」な「聞きかじり」です。また、わかりやすさを重視して、詳しい説明を略したところもあります。
参考資料は適宜まとめて明記しますが、記述はオリジナルです。
・同じ疑問をもつ人、興味の湧いた人へ:もしよかったら読んでみてください。さらに疑問があったら、教えてください。できるかぎり調べて追加していきます。
・もっと詳しい人へ:内容に間違いがあったら教えてください。できるかぎり確認して訂正します。

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